『ラ・ロシュフコー箴言集』の随筆メモ その3

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『ラ・ロシュフコー箴言集』の随筆メモ その3。続く愚考投棄。

思索を深めたい方や本の購読を検討中の方は、ヒントや思考の呼び水としてご活用下さい。既読の方も、自分の感想と比較などしてお楽しみ頂ければ幸いです。低レベル過ぎたらごめんなさい。

436

人間一般を知ることは、一人の人間を知るよりもたやすい。

一人の個性や事情を探るより、大衆の共通点を見つける方が楽。大衆はサンプルが多い。有名でもない一般人の事をあれこれ掘り返すと非難される(実際は有名人であっても迷惑である事に変わりはない)が、大衆という不特定多数について分析することを拒絶する人間はいない。よって遠慮なく堂々と思索できるという点も大衆の方が分かり易い事情の一つだと思う。

判別しかねているが、もしかして皮肉なのかも? 一人を知ることも容易じゃないのに世の中や大衆について評する人間に毒づいてる? 考え過ぎか? ロシュフコーに対するある種の信頼の表れ。

444

年とった気違いは若い気違い以上に気違いだ。

「若い気違い以上に気違い」の語呂の良さにちょっと笑ってしまった。韻を踏んどるがな。
↑「どるがな」て。改めて見ると大分ゴツい語尾だな。

445

弱さは悪徳にも増して美徳に相反する。

耳痛。

「弱さ」を別の欠点に言い換えれば、何でも悪より厄介そうに表現できそう。醜さ、狭量、誤魔化し、自己中心、頭の悪さ、怠惰など。

448

ちゃんとわかる人にとっては、わけのわからない人たちにわからせようとするよりも、彼らに負けておくほうが骨が折れない。

SNSの話かな?

自分が「ちゃんとわかる人」の側とは限らない。というか、分からない事ばっかりだし勤勉でもないし、分かっている場合の方が少ない?

450

われわれの傲慢は、ほかの欠点からわれわれが切り棄てる分だけふくれあがることが多い。

「欠点から切り棄てる」とは、訳注によると、ある欠点を無くす事か、もしくは欠点と見なさないことにする事か、解釈に迷うようだ。
私の第一印象は後者。欠点と見做さない事が多いほど思い上がりは強まる、という解釈。
でも前者も捨て難い。欠点を無くすほどに傲慢が膨れ上がる、というのもそれっぽい。

分別しても直しても駄目だとすれば、欠点は受け容れるのが最善? 諦めるのではなく、目を逸らさず向かい合って克服し、その上で己の経験として記憶し続け、他者の軽蔑に用いないように留意しておく、という結論でどうだろう。

451

頭のいい馬鹿ほどはた迷惑な馬鹿はいない。

はた迷惑な時点で「良い」頭とは言えない。

いや、前言撤回。人が生きる上で他者に迷惑をかけるのは当然の事。日常茶飯事。そこで良し悪しを決めると揚げ足取りに近いのでは?
開口一番に「頭のいい」と讃えられる人なら、その頭脳をもっと活かす方法はあるはず。自分の都合を相談して擦り合わせる事ができなかった、迷惑がっている自称被害者に問題がある可能性。
相談や議論も簡単じゃないから、そんな疑いも不当か?

誰かを疑おうとすると、1人で火の無い所に煙を立てている愚かな状況に陥りかねない。自分が不信感を広めてしまうくらいなら、他人を信じよう。『ギブアンドテイク』『マインドセット』『経済は「競争」では繁栄しない』参考。

以下私事。賢くなるためにいくらか工夫を凝らしているが、自分が他人から見て軽蔑すべき馬鹿かどうかは自己判断できなくて心配ではある。
自分が愚か者でない確証がないために思い切れない事が結構ある。
私は人の馬鹿を判別できる能力など持っていない。おそらく殆どの人も。馬鹿と言って相手を貶めて思考停止している例も多そう。

456

頭がよくて馬鹿だ、ということは時どきあるが、分別があって馬鹿だ、ということは絶えてない。

分別がある人は頭が良い類だと思う。対比するには少々違和感がある。

知能が高いからといって、分別方法や該当条件を知っていたりその状況に反応できたりするかどうかは別問題。

「頭がよい」という評価が漠然とし過ぎていて、本著の中では主に皮肉の対象となってしまっている所も問題点。

勝手に人の良し悪しを判断しない方がいい。己の判断が正しい保証もなく、その判断を過不足なく言語化できるとも限らず、また人は当然に変化していく(成長する)ものである。他人を評価し切るには情報も能力も意識も時間も足りない。誰であっても。

457

ありのままの自分を見せるほうが、ありもしないものに自分を見せかけようとするよりも、ほんとうは得になるはずなのだ。

実際どうなのだろう?
自分の虚像を見せようとするとマルチタスクになりそう。
だが自分の欠点を隠してはいけないのか、見栄を張ってはいけないのか、と考えたらやっぱり悩ましい。

ロシュフコーさんも断言できないような話なのだから、自分に答えが出せなくても仕方がない!シコー・テーシーー!!

この随筆メモはなるべくありのままの思考を垂れ流しているけれど、どう思います?

460

われわれは自分の情念が自分にさせることのすべてを知りつくすどころか、およそ程遠い有様だ。

そんなの当たり前じゃないか。と気付いている自分は成長しているのかもしれない!

自分の事を知りたいという方には、自動思考キャッチトレーニングを試してみるといいと思います。

463

自分の敵の不幸を憐れむのは、多くの場合優しさよりも傲慢からである。彼らに同情のしるしを示すのは、自分のほうが優位に立っていることを思い知らせるためなのである。

そうかもしれない。
が、わざわざ暴き立てる事でもない気もする。どうせなら優しさとか公平性とか自制心とかを強調して欲しい。

自己成就予言という言葉がある。他人から期待されるとそれに沿った行動を取って期待通りの結果を得る、という働きの事だ。
負の面ばかりを言い立てられ、己を省みる範囲で済めばいいが、落ち込んでしまったり卑屈になったり自罰的になったりするまで影響が及ぶと大変だ。
ネガティヴはポジティブの7倍程も影響力が強いとも聞いた事がある。
人は互いの良い面を認め合い、期待し合うのが健全な姿だと思う。

おわり。




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